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東本町雁木ヴィンテージ

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10/08

Tue

2013

《 主5、後藤マミ7、文子4 》


 「食堂」のテーブル。
 後藤マミがつっ伏している。
 上体を振るわせ、必死にこらえている。



 母親の文子に呼ばれてやって来た甘地トシ子が、線の
細い背中をなでる。井上しのは、姉とともに営むスナック
「ごりょんさん」に向かうところだったが、
 「心配だから、ちょっと。」
 電話で遅れる旨を知らせ、マミの斜め向かいにそっと
腰掛けた。
 私は、眼下の3人を見つめている。


 2人の住人がいずれも留守中の男性棟「男組」。ひとつ
空いた部屋には、家具はもちろん、テーブルも座布団もない。
古めかしい姿見だけが窓際の隅にぽつんと置かれている。
 後藤文子が顔を正面に向けたまま正座し、真向かいの男を
見下ろしている。視線の先で元夫の陸川晃がうなだれている。
少し離れた襖付近には、管理人の戸田夫婦が並んで座る。
 誰ひとり音を発しない。
 1人の女が放散する邪気が空間を支配する。誰彼かまわず
斬り捨てるようだ。


 小さなサルが、飼い主から少し離れたレコードプレーヤー
の前で遊んでいる。繰り返し床を指でこすってはその指を
舐めている。



 マミは、額にかかる髪や生え際を汗で濡らし、目には涙を
ためたまま、両手をかすかに震わせ、コップに唇をあてた。
 「…冷たくておいしい。」



 冷めた番茶をごくごくと飲み始めた。隣りのトシ子は、
少女の様子に表情をやや和らげたかと思うと、次の瞬間、
 「あ。」
 しのの顔を見ながら目を丸くし、
 「今日、ナルスであの人見たんだ。誰だと思う?」
 マミに2杯目を注いでやっているしのに問いかけた。
 「え?」
 「まあね、びっくりしちゃう。珍しい人。」
 しのは、マミの額辺りを見つめたまま考えるが、しびれを
切らしたように、
 「わかんない。誰なの?」
 「ひふふふ。」
 とトシ子は軽やかに含み笑いをする。
 「珍しい人って言われても。…え、誰なんだろう?
ヒントなくちゃわからない。ねぇ、マミちゃん。」
 同調を求められ、マミはゆっくり顔を上げると、
 「ほんとはさ。」
 「うん。」
 気力を取り戻したマミを励まし促すように、2人の女が
優しい相槌を打つ。
 「トシ子おばちゃんさ。その誰かの名前、忘れちゃって。
で。だからさ。しのさんにクイズ出すみたいにしてるん
じゃない?」
 小さなかすれ声で答えた。
 10分ほど前まで、2人の女に言葉はなく、普段は自身の
奥底しまっている芯と、あとは体の感触だけで少女をなぐさ
めていた。が、今は子供から励まされてもいるようで、マミの
かすれ声に顔を見合わせ、互いに笑いながら、
 「そ!ほらぁ、あの人あの人よ、あー名前出てこない、
ほら、ほらほら。」
 「トシ子さん、物忘れひどいんじゃない?やっだぁ。」
 小鳥のさえずりのような少女の笑い声が「食堂」に戻って
きた。
 「宇川さんさ!」



 「えー。」
 「誰それ。」
 そう呟くと、弾けたようにケタケタ笑い、マミは立ち上がった。
レコードプレーヤー脇で遊んでいたサルを迎えに行き、胸に抱く。
 「子供の前で話すのは、ちょっと。教育上ってやつだわね。」
 トシ子に問われ、しのは少しの間、首をかしげて考えていたが、
 「ううん、平気よ。」
 サルに劣らない大粒の黒真珠のような瞳を輝かせ、マミは
しのを見上げる。
 「姉から少しは聞いてるんでしょ?トシ子さんなら知られた
ってかまわないわよ。もう昔に終わったことだし。」
 トシ子がスーパーで見かけた宇川という男は、地元の建設
会社で役員をしており、井上うめより3つ年上だ。林田元樹と
相互に面識はないが、宇川の勤務先は林田の親会社にあたる。



 「一応わきまえてはいるの。うめさんが自分から言い出す
時以外は聞かなかった。さしものあの人もここに越してきた
頃は弱って元気なかったもんね。」
 「ごりょんさん」の開店前からあれこれと世話をし、支えて
きた宇川とうめは長年の恋人であった。関係が続くなかで、
宇川は妻をもらい、2人の子供をもうけた。うめが結婚を勧め、
促したのだった。



 空き部屋では、沈黙が続いていた。
 文子はうつむいたままの元夫を見下ろす。彼女の瞳には
底暗さが宿り、摂氏零度で燃えている。陸川の芯から何から
すべてを暴き出してやろうと射抜くように凝視している。





 「もうずいぶん前になるけど、宇川さん、変わっちゃったの。
公共事業も減って、事故が続いたりして、会社のほうが相当
きつかったんだろうけど。最後は姉に暴力したからね。
店のツケもけっこうあったのよ。結局、払ってもらってない。」
 「やっだ、せつない。」
 「宇川さんの仕事がうまくいってた頃は良かったのよね。
男の人って弱いところあるでしょう。お酒を飲んで飲んで、
どうしようもないところまで飲むのよ。毎晩それの繰り返し。
周りに当たり散らして。姉も途中までは支えていた。
でも、そもそもが愛人だからね。もちろんめんどくさいのも
あったんだろうけど、自分の役割っていうのを見極めて
引いたのよ。奥さんところに返すっていったらちょっと言葉が
あれだけど、そんなふうなことで身を引いたの。宇川さんに
してみれば、昔は助けてやったのに、自分の女が手のひら
返して冷たくなった、と思ったんでしょう。利用価値がなく
なったから離れていった、ここまで薄情で打算的な女だとは
思わなかったって、あの人、私に言ったもの。きれい事って
わけでもないところで相性も仲も良かった者同士がね。
うまくいかなくなる時は、本当に全部悪いほうへ向かっちゃう
んだってあの時思った。姉もああいう性格でしょ?
引かないと頑として引かないから。すごい喧嘩になって、
宇川さん、姉の肋骨にヒビ入れたの、2本も。」
 しばらくの沈黙の後、ぼそりと、
 「すごい。」
 マミが呟いた。しのは、マミを睨みながら唇の前に人差し
指を立てた。マミはしのを真似て、しぃーと言い、にんまり
した。2人の様子を見ながら、
 「やっだ、あんたたち悪い仲間になって!」
 トシ子が頬杖をついた。





 「お茶持ってくるね。」
 絵美の囁き声が沈黙を破った。次郎がうなずき、絵美は
するすると襖を開け、出て行った。
 文子は表情を変えず、
 「図々しく上がり込んでさ。どうして黙ってるんですか?」
 「え、あ。」
 陸川の顔から血の気が引いていく。



 「なんでここにいるのか自分でわかってないんじゃない
ですか?」
 「や。…いや。」
 陸川は初めて顔を上げ、その瞬間、首の筋を違えてしかめ
面になった。
 「神経疑うわ。」
 
 
 

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プロフィール

HN:
甘地トシ子
年齢:
71
性別:
女性
誕生日:
1953/03/21

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