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東本町雁木ヴィンテージ

05/15

Wed

2024

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10/14

Mon

2013

《 主6、後藤マミ8、文子5 》
 
 
 中庭に面した窓際。後藤マミが三角座りをしている。



ずいぶん前に陽光が去った暗がりのなかで小池の水面が
ゆらめくさまを見ている。時折、暗雲の合間から月の顔が
のぞき、その光に水面が照らされるのを、ただ、ぼんやり
と見つめている。胸に抱いたサルを自由にしてやり、
テーブルの「大人の会話」に戻ると、戸田絵美がやって来た。
 「お茶も出してなくて。」
 マミは無言のまま、絵美の次の言葉を待つ。
 「どう?」
 甘地トシ子が尋ねると、
 「ううん、まだね。なんとも。ずっと沈黙が続いてて。」
 絵美はそう言いながら湯飲み茶わん2つと茶托を丸盆に
乗せ、そこに、手慣れた流れ作業のように井上しのが急須
から番茶を注ぐ。
 「もうちょっと様子を。状況見て、私たちもこっちに
戻ってきますね。」
 「男組」のほうへ絵美が消えていくのを見届けたトシ子は、
 「ねえ、マミちゃん。」
 振り返った黒真珠の瞳を見つめ、問いかけた。
 「言いたいことあるんじゃない?」
 マミはトシ子を見上げる。
 「本当はなんか思ってることあるんじゃない?」
 「…ってさ。」
 いつもの少女には似つかわしくない、細い声で、
 「……だってさ、かっこ悪いもん。あの人たちの前で
泣きたくないし。」
 「そりゃ誰だってかっこ悪いことなんかしたくないさ。
おばちゃんたちだってやだ。」
 そうかな、と心細げに、しかし真っすぐに視線を投げ
かけられ、トシ子は、
 「でもさ、おばちゃんたち、マミちゃんをかっこ悪い
なんてちっとも思わない。大事なことだからかっこ悪いの
とは違うんだわ。なんも言わんまま我慢して大人になって
って、おまん、それでほんとにいいんかね?」
 マミはうつむき、考え込む。
 やりとりを聞いていたしのが、小さな肩にそっと手を
のせ、撫でる。
 マミは、ふっ、と息をひとつ吐いた。口を一文字に
結んだ後、
 「本当にそう思う?」
 トシ子はゆっくり頷きながら、
 「100%誓っちゃう。」
 「おばちゃんがあたしだったらどうする?」
 そう問われ、トシ子は言い淀むことなく、明瞭に語り
かける。
 「後になっちゃえば、誰も覚えてないし気にもしない
んだわ。泣いたっていいわね。おばちゃんがマミちゃん
だったら、自分の思ってること伝える。家族だ、血が
つながってるんだ、て言ったってさ、互いに思ってること
なんかなんもわからんの。言う時は言わんきゃダメ。
言わんまま、ずっと後悔したり悩んだりするのって
いいことないんだわ。」
 少女は、テーブルの上に置いた、日焼けしたままの
両手の甲を見つめてから、
 「行ってくる。」
 と立ち上がった。
 「ジョーイも連れて行ったら?」
 としのが声を掛けると、
 「1人でいい。悲しい気持ちにさせたくない。」


 
 

 トントン、トン、タトン。
 暗い廊下に足音が響く。軽やかな足取りだが、かすかに
躊躇がある。行きつ戻りつしながら、やがて音は止まった。
 「失礼しまーす。」
 室内で、逃げ場のない対峙を続ける後藤文子と陸川晃が、
勢いよく開いた襖を同時に見上げた。
 マミがいた。瞬間的に、
 「なんでくんの、出な。」



 文子に咎められるが、マミは、
 「なんで?やだ。」



 特に悪びれた様子もなく、母親の低い声をいなした。
 「大事な話してるから。」
 文子はさらに厳しい表情のまま命じる。襖付近に座って
いる戸田絵美が小さな背に手を添えた。少女は母親の目を
見据えている。
 「全然話してないじゃん。」
 「これから話し合うの。」
 「へえ、じゃあさっきからずっと今まで何してたわけ?
時間のムダだね。」
 見かねた陸川が、
 「マミ、向こうで待ってて。」
 すかさず文子が、
 「この子に話しかけないで。隠れて勝手に会って、だから
誰も望んでないのに今こんなことになってるんでしょ。」
 と鋭く吐き捨て、マミの目がギッと吊り上がる。
いつか体育の授業で習った要領そのままに、肩幅に開いた
両足を力の限り突っ張り、
 「離婚したのに話なんかあんの?」
 「全部あなたのためでしょ。」
 文子が中腰になり訴えた瞬間、マミは目を大きく開き、
 「うそつき!キモいんだよ!」
 金切り声が室内に反響した。文子はマミに掴み掛かり、
部屋から押し出そうとする。止めに入った絵美が中腰のまま
バランスを崩し、隣りの戸田二郎と共倒れになった。陸川は
立ち上がったものの、何もできず立ちつくす。小学4年の
わりに長身だが、平均より5キロほど重さの足りない少女は、
軽やかに母親の股の下を滑ってくぐり、8畳間を一気に奥まで
駆け、振り向きざまに大きく息を吸い込んで、
 「今までずっと何も言わせてくれなかったくせに!
あたしがどうしたいか聞いてくれないし、1回も聞いてくれ
なかった!どういう気持ちか全然聞いてくれないし心配
してるって言うけどあたしのことなんか見てないんだよ、
なんにもわかってない!あたし、あたしわぁ。」



 マミの顔が大きく歪み、陸川の表情は切迫しながら悲しみの
色を濃くし、文子はただ目を見開いたまま立ちつくす。
 「パパがぁ、好きなんだよ!」
 泣き喚きそうになるのを必死の形相で立て直すとすかさず、
 「守るとかさ、ハア?勝手に別れといて守るはない、
今さらパパもママも守るはないんだよ!あたしゃもうぐちゃ
ぐちゃだ、勝手にしれ!」
 そう叫ぶと、肩を大きく上下させながら真正面をじっと
見据えた。
 誰も動かない。
 何度か深呼吸を繰り返しながら体勢を整えると、絶叫から
一転、マミは独り言のように、
 「自分が一番悲しいとか浸らないで。ほんとキモいから。
パパもそういうキモいとこあるから気をつけて。」
 呟きには諦めの気配が滲んでいた。
 「これ以上こっちを都合よく利用しないで下さい。
失礼しました。」
 去り際、天井を一瞥した。少女の視線は、
 「あたし、ちゃんと言えた。」
 とはっきり私に伝えてきた。明確に対象が見えているような、
確信めいた表情だった。
 私がわかるのか?
 




 
 
 

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プロフィール

HN:
甘地トシ子
年齢:
71
性別:
女性
誕生日:
1953/03/21

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