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東本町雁木ヴィンテージ

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11/18

Mon

2013

《 吉康一4 》
 
 
 なんというタイトルだったんだろう。
 いまと似た場面をスクリーンで見た。まだ20代の頃だ。
 空はかすかに緑がかり、野趣溢れる広い庭で血縁者、恋人
たち、独り者、老人、十数人が古ぼけたテーブルにつき、
マナーや優雅さなど意に介さず、料理を口に運んでいた。
食器の音は騒々しく、男も女もよく酒を飲み、サラダやら
煮込み料理のようなものやら肉やらを咀嚼しながら杯を
開ける。会話は交錯し、笑いが起こる。かたわらでは子ども
たちが追いかけっこのような遊びに興じ、少し離れた木製
ブランコで男児が年上の女の子に押してもらっている。
恐らく2時間尺であろう映画のストーリーや主題は忘れて
しまった。会食シーンは30秒ほどだが、唯一、鮮やかな
印象だ。





 生活とコレクションを維持するために俺は働き、生きて
いく。これまでと何ひとつ変わらない。が、誰かの為に存在
していると信じたい。斜め向かいであの人が笑っている。



 彼女と姉の出勤時間を考慮し、最近の住人交流食事会は
昼から夕方にかけて開かれるようになった。
 後藤ママさんの送別会はやや遅めの午後1時に始まった。
戸田ハルニレ荘の全員と常連のトシ子さん、安治郎さんが
揃い、豆腐の佐藤さんが遅れて加わった。次郎さんが声を
掛けたが、後藤ママさんの元旦・陸川さんは遠慮したと
いう。距離感を大事にしたい時期なのかもしれない。
 「はーい。」



 午後3時を過ぎ、酔いの回った絵美さんが挙手した。
 「はい、戸田絵美さん。」
 トシ子さんはノリがいい。学校のホームルームのようだ。
先生役の許可を得て、絵美さんはその場に起立し、
 「質問があります。」
 とかしこまって言った。
 「言ってみなさい。」
 何人かがクスクスと笑う。
 「はい。文子さんと陸川さんの話し合いの夜。」
 「おーっと、そこ切り込んじゃいます?」
 どんなに飲んでも顔色の変わらない林田君が茶々を入れた。
 「あーた勝手に発言しない!」
 厳格な教師然としたトシ子さんの口ぶりに場がどっと
沸いた。笑いがおさまるのを見計らい、絵美さんが、
 「お父ちゃんが、あの時、文子さんに何か言ったんです。
そしたら文子さんの表情が変わったの。なんていうかぁ。
悪くない風に。あれはお父ちゃんが魔法をかけたんだって
わたしは思ってて。なんて言ったんですか。」
 「はい、次郎さん答えなさい。」
 慌てた次郎さんが半時前まで天ぷらの盛られていた
竹ざるで顔を隠し、左手を振った。皆の笑いが弾ける。



後藤ママさんがさっと立ち、
 「私がお答えします。」
 「おおー!」
 大人たちが大仰に拍手し、マミちゃんがあまのじゃくの
顔になって耳を塞いだ。笑いかけると、はにかみながら舌を
出した。
 「あの時、私ものすごくて。暴れはしないけど、血が逆流
したみたいになって頭の中がぐちゃぐちゃで、自分がどうなる
かわからなかった。だから絵美さんたちについててもらい
たかったんです。去り際、次郎さんは“いつか、絵美さんも今の
あなたのようだった。でもまだ一緒に暮らしてるよ”って言って
くれました。」
 カチ、と箸が皿に当たる音が響いた。絵美さんがうつむいた
まま何度か頷いた。唐突に次郎さんが、
 「嘘も方便。」
 と声を上ずらせ、再び場が沸いた。俺は笑っている彼女と
目が合った。その時、
 「失礼します。」
 と玄関口で女性の声が響いた。
 「あれれ。誰でしょう。」
 そう言いながら絵美さんが立とうとした。
 バン
 戸が勢いよく開き、黒い影が風のように入ってきた。冷気を
引き連れ、コートの裾を揺らしながら、早足で奥へ向かう。
 見知らぬ顔の女性だ。大ぶりの透明ゴーグルをつけ、黒い
ヘッドフォンをしているが、相当のボリュームなのだろう。
曲に聴き覚えがあると気づくほど音漏れしている。
 
   Why do the stars glow above ?
   Don't they know it's the end of the world

 メロディーのせいなのか、ほんのつかの間だが、景色が
スローモーションに見えた。
 女はブーツを履いたままだ。


 
 
 
 
《 林田元樹3 》
 
 
 俺の脳みそはアルコールの海に浮かんでいた。薄暗い
空模様だろうが本格的な降雪になろうが、陽気な午後だ。
 変な格好をした女がハルニレにいきなり入って来て
「男組」に消えていった。直後、爆発音が耳をつんざき、
何かが続けざまに破裂した。「食堂」の全員が床に伏せた。
テーブル下で、俺は、斜め向かいにしゃがみ込んだ
マミちゃんの右手が震え出すのを見た。小さな体の下に
サルをかくまっている。どのくらい続いたかわからない。
突然、無音になり、俺は初めて怖いと思った。
 ゴツ、ゴツ、ゴツ、ゴツ、ゴツ
 靴音が近づいてくる。「食堂」に入るといったん止まり、
今度はゆっくりと不規則になった。音の主が、床に伏せた
1人ひとりの顔をのぞき込んで確認している。「男組」
から煙とむせるような火薬の匂いがやってきて、何人かが
咳き込み始めた。俺は、体を丸め両手で口を押さえる
マミちゃんの肩を見た。脳みその浮遊感は消え失せ、
気づいたら全身が震え、強烈な耳鳴りが襲ってきた。
 体に乗られたかと思うほど間近で靴音が止まり、俺の
後ろ髪をヒールが踏んだ。
 「もときくん。」
 声は、甘く楽しい場所へ俺を瞬間移動させた。踏まれた
まま声のほうに視線を向ける。ゴーグルと防塵用マスクを
付けた女が俺を見下ろしていた。
 「もときくんにはきっとここが一番大事なんだろうと
思って壊しに来た。これで縁切れる。」



 ヒールで髪をゆっくり引きずられ、頭の皮が引きつり、
 「う、うう。」
 俺はうめき声を上げていた。
 「断ち切るってきれい事じゃないからさ。」
 そう呟くと、女は駆け出し、
 「すみませんでした。」
 と床に伏して額をつけた。
 「遊ばれていたのを知って3ヵ月かけて準備しました。
ここには1度来たことがあって。…復讐を。……これから
上越署に行きます。ほんとは爆竹の巻き添えになって自分…。」
 女の息づかいが荒くなった。次郎さんと絵美さんが「男組」
へ駆けていった。幻聴なのか、トントン、と2人の後を追う
ような音がした。
 「…自分もバラバラになればいいと思いました。……本当に
ごめんなさい、すみませんでした!」
 女は立ち上がり駆け出そうとしたが、
 「待ち!」
 片足に井上うめさんがしがみついた。
 「信用できるか!」
 腹から出た叫び声が女を硬直させた。「男組」のほうで
消火器の噴射音がする。俺も行かなくちゃいけないが、
体が動かない。女に目を奪われている。
 「警察呼ぶからここにおり」
 うめさんが叫ぶ。トシ子さんが女に駆け寄りゴーグルと
ヘッドフォンをはがすと、亜美ちゃんが出てきた。



 (は?なんで?)
 体中の血が急激に凍る。
 「気ぃ済まんかったんか?ここまでせなあかんかったんか!」
 亜美ちゃんはカクンと頷いた。
 「…はい。……こ、までやんないと…どうしても、どうして
も気が済みませんでした。」
 「アホ。」
 吐き捨てたうめさんは眉を寄せ、言葉とは裏腹になぜか
寂しげだった。亜美ちゃんは空を見つめたままだ。きれいな
女が流す涙はどうして美しいんだろう。亜美ちゃんが、
 「ほんとうにご」
 言いかけた瞬間、バン、と「男組」で破裂音が上がり、
絵美さんの短い叫び声が反響した。
 足音が駆けて来る。
 次郎さんに抱きかかえられた子供。血が顔や手から噴き
出す。安治郎さんが走っていった。血の色が澄んでいるのは、
きっと子供だからだ。子供の顔が真っ白なのも心がピュア
だからだ。半開きになった目は焦点がどこにも合っていない。



どうしてこんなことになったんだろう。後頭部が熱い。
景色に黒い縁取りができてどんどん狭くなっていく。失神
してる場合じゃないのに、体から意識が遠のき始めた。
血が筋のようになって床に落ちる。俺は血が苦手だ。
本当にこの子の体から流れ出てくるものなのかわからない。
もしかすると余興かもしれない。とても良くできたアトラク
ション。ディズニーランドのクリスマスのパレードを1度
だけ見たことがある。誰と行ったんだっけ。俺は全部を
ちゃんと見渡せている。ただちょっとめまいがするだけだ。
ピントがずれたり合ったりする。サイレンの音が近づいてくる。
 「自分でちゃんと立て直して、もっかい謝りにおいで。」
 うめさんの声がどこかへ飛んでいった。
 


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