忍者ブログ

東本町雁木ヴィンテージ

04/29

Mon

2024

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

10/27

Sun

2013

《 陸川晃1 》
 
 
 
 「あれは本気じゃなかった。」
 はじめは文子ちゃんだった。半年くらい経つと文ちゃんに
なった。結婚前はふうちゃん。最近はずっとママだった。
再び名前を呼ぶことを君は許さない。
 「遊びだったって?」
 もともと痩せ型だったが、ピーク時は腰回りが少しふっくら
とした。君のふんわりした腹部の肌合いが好きだった。今は
骨張った手の甲に幾筋もの青白い血管が浮き出している。彫刻の
制作過程で人物の輪郭を削ぎすぎてしまったように、君の頬や
顎は痩せてしまった。



 「平たく言うと、そうだね。」
 俺は認めた。
 「罪の意識ないの?」
 侮蔑されても本音を言う。君とのコミュニケーションは
これで最後だから。
 「向こうも遊びだったんだ。」
 「気持ち悪いって!」
 たぐり寄せられるとは思わない。もう行き場はない。当たり
前のように名前を呼び合った頃にも初めてマミを抱き上げた時
にも戻れない。



 「わからないだろうけど、世の中にはそういう女性がいる。
特定の男はいらない、その時々で自分を求めてかわいがって
くれる男がいれば満たされる。かわいそうな人だと思う。」
 「知らねえよ。」
 君が言う通り、この家に足を踏み入れただけでも俺は
じゅうぶん厚かましい。その上、居直って喋り続けている。
ここ何年間か、君がずっと俺としたがらなかったこと、
でも隠してたアダルトDVDを見つけた時は物凄く怒って
俺を3日間追い出したこと、それらをとりとめなくほじくり
返したところで好転などするわけがない。



くだらない、些末なことだが、方法のわからないまま
伝えなければならないことに辿り着くために避けては
いけない気がする。確信のようにそう思う。俺と君は
まだ終わっていない。



 「君の愚痴や悩みを聞いてきたし、支えたいと思ってすごく
心配した時期もあった。君は気づかなかった。俺も別に言葉に
しなかったし。まだ、よそを向くとかそういうことはなかった
んだ。」
 この先どうなろうが、どんなに時が経とうが、たぶんケリ
などつけられない。喋るだけ君を傷つけてしまう。でも気が
済まない。言わなければ、俺はこのままどこにも行けない。
 「君は俺を見てなかった。マミはまだ小さくて手がかかった
から、必死でいつも疲れ果ててたよね。あの頃の大変さは
わかる。でも違うんだよ。あの時の君の状況と俺たち2人の
ことは違うんだ。」
 以前はよく笑った。君の微笑、仕草、香り、歌声。
どうしようもなく引き寄せられ、俺は暗くてすごく重要そうな、
漠然とした何かをすっかり忘れて夢中になった。思い出すと、
無性に腹が立つ。



 「見てないどころじゃない、ひどかったね。俺なんか存在
してないという態度だった。何年もずっと。今さら聞くけど、
君はわかっててああいう態度をとってたの?どれだけこっちに
ダメージをガンガンガンガン与え続けたかわかってる?」
 答えはいらない。何か言ってほしいわけじゃない。
 「君の中でどんどん悪いふうに俺を形作って、どんどん
憎しみを増やしていったんだよ。でもそんなもの単なる妄想で、
本当の俺は違うからね。現実の俺は考えてることもやってる
ことも君の妄想とは違う。家に帰ってきたはずなのに鉛を飲み
込んだように胃の辺りがいつも重いんだ、わかんないだろう?
毎晩毎晩、休みの日もすごく苦しいんだよ。大事な人に何年も
憎まれ続けて、俺はどこに行ったらよかったんだよ!」



 消化不良のわだかまりが一気に吹き出し、まくし立てていた。
 俺も、君を憎んできたんだと気づいた。
 手遅れになるまで事なかれ主義を通し、マミに深い傷を
つけて、今さら口から出たことがあまりに自己中すぎて呆然と
した。やっぱり俺はどうしようもない。
 本当に言いたいのはこんなんじゃない。こんなのはどうでも
いいんだ。
 息を整える。湯呑み茶わんを口に運ぶ途中、とっくに飲み
干していたのを思い出した。
 「…本当に言いたいのは。」
 半時ほど前、ここで仁王立ちし、叫んだ。マミ。



 「俺、今でもすごく愛情があるんだ。君にもマミにも。
すごく恋しいんだ。ごめん。あきらめられない。」
 君の瞳がゆらりとゆれて涙が溢れ出した。
 「許せるわけないでしょう。あんな苦しい、思いを…。」
 両手で顔を押さえ、君はすすり泣く。
 「どうしてあんなことしたの。」
 また、直視できなくなった。
 マミがかけてくれた魔法は解けてしまった。


 
 
 
 
 
《 主 》
 
 
 「食堂」には、戸田次郎と絵美、吉康一、甘地トシ子、
井上しのが座っている。その中心に後藤マミと、2階から
降りてきた戸田省吾がいる。大人たちが守るように囲んでいる。
 盛りの頃より音色の減ってしまった、今年最後の虫の声が、
中庭から侘びしく響いてくる。
 話す者はいない。少女はサルを抱いている。子守歌の
ような歌声が微かにもれた。


  
 
 
 「男組」、空き部屋。
 長い沈黙の後、陸川がうつむいたまま、
 「…本当にごめん。」
 やっとの思いで絞り出した。
 「あの子にとっては私も同罪だと思う。」
 と放心したまま文子が言った。寂しげで細い声だ。
 「俺は本当にもう何もできない?君たちを待つよ、
何でも言って、何かできない?」
 文子は首を横に振り続ける。
 「…わからない。」
 





拍手[1回]

PR

プロフィール

HN:
甘地トシ子
年齢:
71
性別:
女性
誕生日:
1953/03/21

最新記事

(09/22)
(12/03)
(11/25)
(11/21)
(11/18)

制作・提供

制作/ 提供/               サンダース・ペリー MIKI TEL. 025-522-6006  FAX. 025-522-6042  新潟県上越市稲田2-6-10 ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー ブログに関してのお問い合せはこちら gggggangi@Yahoo.co.jp 

ブログ内検索

ブログをご覧の皆様へ

物語に登場する人物名は、すべて創作上の架空の人物であり、実在するものではありません。    ※画像内の商品撮影協力:ヴィンテージ&アンティーク雑貨のお店「ペチカ 」

Copyright © 東本町雁木ヴィンテージ : All rights reserved

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]