《 亜美７、林田元樹２ 》
暗い。
山の中にある幽霊屋敷みたいなラブホの部屋。間接
照明が赤々と点ってるのに暗い。だんだん本当の闇に
近づいてく。絶望みたい。
アタシノセカイハ、オワリマシタ
この前、初めてエンド・オブ・ザ・ワールドを聴いた。
悲しくて好き。
テーブルの下、さっき入ってきたドア、半分開いた
クローゼット。影が怖い。クローゼットを開けたの
あたしだったっけ？
「ホント久しぶり、元気だった？」
腰を引き寄せられ、抱きしめられる。
あの撫で方だ。林田元樹があたしの髪に指を通す。
人間てつくづく不公平で、こいつの中身は最悪だけど
指は女よりきれい。男も女もみんな見た目にだまされる。
「忙しいのまだ終わんないの？すげー会いたかったん
だけど。」
なにこの意味ない言葉。心もないし。
空っぽ。こいつの吐く言葉とこいつは同じだったん
だよね。
この男のくだらなさを３ヵ月ずっと観察してきて、
探偵気取ってる自分も含めて嫌気がさした。それなのに
今キスを受けてて、流れでセックスしちゃうって、傍目
から見たらかなりヤバイよね。この女なにやってんの？
みたいな。でも別に神経がぶっ壊れたわけじゃない。
むしろスパイの気分をちょっと味わってたりする。あく
まで貫くためだし、目的は最初から１つだし、あたしは
全然ブレてない。
「もうすぐ誕生日でしょ？」
「お、さすが亜美ちゃん、覚えてるね。」
「プレゼント買っちゃった。」
「えー。」
またキスしてくる。優しい手触りでかわして、３ヵ月
かけた工作の総仕上げを始めよう。
「でもね。忙しいのが続くから会って渡せないと思う
んだ。」
「そうなん？」
「誕生日当日にもときくんのところに着くように郵送
したいんだけど。」
「いいよ、次会った時で。」
「それじゃだめ、当日じゃないと意味ないもん。」
じらした後は、時間をゆっくりかけて口づけする。
そして、
「お願い。受け取れる時間ってあるかな。」
「大丈夫っしょ。近くなったら知らせるよ。」
すべてはその日に向かっていく。他の誰も思いつか
ない、あたしが自力で考えた方法で最後まで貫く。
「もときくんは最近どうなの？」
「ん？」
「調子とか、最近あったこととか。」
「まあ普通だね。」
「順調？」
「あ。」
「なに？」
「車ぶつけられたんだ。もうけっこう前の話だけどね。
向こうの過失だったけど、こっちも停車してたわけじゃ
なかったから。」
「けがは？」
「全然。でも修理代イタかった。」
「大変だったんだね。知らなかった。」
「別にいいって。亜美ちゃんに会えたし。」
バーカ。
《 亜美８ 》
《 戸田省吾２ 》
おとなになると“とりあえず”が多くなるものだよ。
とりあえずマミちゃんのママは金沢に行きます。
とりあえずマミちゃんのパパが「男組」に住みます。
引っこして行ったり、新しく来たりする。
「レコードかけていい？」
そう言ったら、母ちゃんと父ちゃんが台所で、
「えー。めずらしいね。」
「きょうみ持ったのかな。」
だって。ほんとは言ってみただけなの。ぼく、時々、
気まぐれをするよ。
マミちゃんはどこにも行かない。よかった。
「お父ちゃんにずっと聞こう聞こうと思って忘れてた。」
「絵美さん、けっこう忘れるからなあ。」
「たまにだよぅ。」
母ちゃん、ぼくみたい。
「文子さんと陸川さんが話し合った時、文子さんに小声で
何か言ったでしょう。」
「ん？ そうかい？」
いいにおい。スペアリブのあれじゃない？あと、にしんを
入れたにものでしょ、特別だからサラダに生ハムをのせるって
言ったし、いつもはみそ汁だけど特別だからおすいものでしょ。
かぼちゃのプリンでしょ、天ぷらはさつまいもとかきあげも
あるって。おさしみでしょ。ずいきのすっぱいむらさき色の
やつでしょ、子ども用のからあげと卵やきでしょ、
でももときくんも好きだよ。茶わん蒸しとつけもの。
トシ子おばちゃんがおはぎ作ってきてくれる。あと、サイダー
飲みほうだい。
「あの時、聞こえなかったんだけど、お父ちゃんなんて
言ったの？」
「絵美さん、あっちのなべにはしょうゆ入れた？」
「あ、まだぁ。」
「早く早く。」
母ちゃん、父ちゃんに聞くことをわすれた。まただ。
きょうはマミちゃんのママのおわかれ会です。
[3回]
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