《 後藤文子3、マミ6 》
パパ。助けて。もうママといっしょにいたくない。
母親は息子が愛おしい。娘だって自分の産んだ可愛い子には
変わりない。でも、女は女、だから。女同士は難しい。
うちもそう。
小学校教諭の友達が教えてくれた。
「早い子は3年生かな。みんな4年あたりで変わるの。
夏休みの後とかね、ガラッと変わる。素直じゃなくなって、
すごい生意気になるの。親や周りの人間をバカにして。
でも、成長していく大事な過程なのよね。」
うちもそうだと思う。
離婚や前後の慌しさのなかであの子の気持ちを傷つけて
しまったけど、ここに越してきて間もない頃は、私を困らせる
ことも反抗もしなかった。そばにずっとついていてくれた。
あんなに優しかったのに、今は違う。ささいなことで激しく
怒ったかと思えば、気分が沈んだようになる。
2人きりでいると息がつまりそう。
無造作に開かれたマミの本とノートをまとめて机の端に
積んだら、それが気に入らないと怒りだした。
にらみつけ、何時間も口を聞かなかった。
「江村君の家からねずみが100匹出てきた。」
「包丁持った若い男がウロウロしてた。」
「先生、事故ったんだよ。」
「おたまじゃくしが気持ち悪いから土に埋めた。」
からかうように嘘をついて平気でいる。私を憎み、子猫が
飼い主の気を引くように甘えてくる。
わからない。
とても疲れる。

幼稚園に通っていた頃から服装やおもちゃや色に独特の
好みがあった。私が選ぶ、ピンクや虹色のキラキラしたものは
気に入らなかった。身の回りのことに限らず、なんていうか、
私とは楽しいと感じるツボが最初から違っていた。
空想したり、何か新鮮な遊びを見つけるのがあの子には
喜びになるみたい。

買った覚えのないDSのソフトを持っていた。1週間前に
私が見つけた時は、友達から借りたと言っていた。
腑に落ちない。
「マミちゃん文子さあん、ご飯でぇす。」
階下から絵美さんが呼ぶ。
マミはうつ伏せになって、絵を描いている。

「ねえ、この前のソフトって、きょうちゃんから借りて
きたんだったっけ?まだ返さなくていいの?」
顔つきを一変させ、マミは目がつり上げて、
「なんでなんで?なんで聞くの?また嘘つき呼ばわり
するわけ?いつ返すとか関係あんの。」
「聞いただけでしょ。どうしてそんな言い方するの。」
表情が見えない。前は友達のことやたわいない出来事も
自分から話してくれたのに。
しばらくだまり込んだ後、
「ママ、携帯貸して。」
と言い出した。
「きょうちゃんに電話して証言してもらうから。」
「そこまでしなくていいよ。疑ってるわけじゃないから。」
「貸して」
躊躇したけど、結局、本人の気が済むようにさせることにした。
携帯電話を受け取ると、まるで間合いを取るように部屋の端まで
離れてゆき、こちらに背を向けた。
こおろぎ? 窓のすぐ外で秋の虫が鳴き始めた。
「…もしもしパパ。…助けて。」
何を言ってるんだろう。
この子は何をやっているの?
「もうママと一緒にいたくない。」
「…誰。…誰に電話しているの、なにやってるの、
マミなにしてるの!返しなさい!」
意識が異様にはっきりした一瞬後には遠くへ離れていきそうに
なる。私をつなぎとめておかないと、永遠に戻ってこない気がする。
「今パパと話してるの。」
「切りな。」
「ママってかわいそうだね。あたし、前からパパと会ってるん
だよ。全然知らないでしょ、あたしのことなんにも見えてないから
わかんないんだよ!」
あの子はあの子の望み通りの場所へ、私を突き落とした。

[1回]
PR