《 亜美5 》
8月5日
入口に観音像が立ってるラブホからヤツの車が出て
いった後、あたしは車のエンジンをかけ、距離を保ち
つつ後をつけた。ヤツが午後7時ごろ寄ったスーパー
の駐車場に着いた。
別れ際、ひらひらおばさんの髪をなでて、引き寄せ
キスした。あたしにするのと同じだった。ホテルの近く
で張り込んでた時の暑さに比べればエアコンが効いて
快適なはずなのに、何度拭っても、汗はじわりじわりと
てのひらににじむ。ひどい吐き気を一生懸命我慢したん
だけど、結局、コンビニ袋に吐いちゃった。涙とゲロの
混じった鼻水が顎のほうに垂れてって、丸めた背中から
お腹へ汗が流れてく。
まだ。全然まだだよ。終われない。
車から降りたおばさんは、デブってわけじゃないけど、
背中やウエスト回りや下半身、とにかく体型がだらしな
くてヒールも似合ってなかった。白っぽい軽自動車に
乗り込んだ。後部座席にチャイルドシートが見えた。
ヤツの車を見送ると走り出し、スーパーから15分ほど
走った郊外の一軒家で止まった。降り際にヒールから
ぺったんこの靴に履きかえ、ポーチライトのほかは明り
のない家の中に入って行った。
8月19日
会社で誰かが「もうすぐ謙信公祭か。」って言った。
盆を過ぎ、日中の猛烈な暑さはやわらぎつつあった。
ひらひらおばさんを見つけてから、あたしの毎日は
すごく忙しい。
林田の行動を追いながら同時におばさんのことを
下調べしてって、子持ちの既婚者とか、働いてないとか、
夫が地元の新聞社に勤めてて記者やってることがわかった。
記者なら自分の妻の浮気ぐらい気づけって感じだ。
子供はよちよち歩きの男の子。あんな小さい子を置き去り
にして若い男と会ってるとかさ、もう完全アウトでしょ。
2人が観音ホテルから出てくる画像は撮っておいた。
ヤツの車に取り付けた発信機のおかげで、半月かからず、
だいたいの現状を突き止められた。
まず、広川っていう女(=女1、広川さんて呼ぶことに
する)を確認できた。
さらに、高校を卒業して間もない感じのギャルにも手を
出してる。若いっていうのもあるかもしれないけど、
ギャルのあのはしゃぎっぷりは最近つき合い始めたっぽい。
不思議だった。
また1人、違う女がいるってわかるのはあたしにとって
絶望なのに、
「つかんだ。」
っていう爽快感もあって。超複雑だよ。複雑で不思議
だった。
全体像を把握できた。あたしを含めて女は4人だ。
次に進もう。
ヤツの行動を追っててわかったのは、毎週水曜にギャルと
会うってこと。
ひらひらおばさんは不定期で、会わない時は2週間くらい
間がある。勘でしかないけど、このおばさんとは簡単に
切れない気がする。
広川さんと会うのはほぼ週イチ、曜日は特に決まってない。
この前、広川さんが別れ際に泣いてた。不安定になってるっ
ぽくて、いい兆候。ヤツのほうは必死こいてなぐさめる気が
ないみたいで、女がうつむいた瞬間、めんどくさそうな顔
してた。引くわ、どっちにも。
あたしは、仕事とか家の法事とか理由をつけてここ3週間
会ってない。たぶん、ヤツの中でギャルの位置づけって、
あたしと入れ替えでローテーションに入ってきたんだ。
こんなふうに分析するのも嫌じゃない。
突然、おかしな手紙を送りつけてごめんなさい。
林田元樹さんのことでお知らせしたいことがあります。
私は広川さんと同じように彼に苦しめられた者です。
彼がつき合っているのは広川さんだけではありません。
今度の水曜18:45、北城町1丁目の「山本医院」の
駐車場に行ってください。
ここの駐車場は止めていても平気です。
真向かいに2階建てのアパートがあります。
彼はここの2階(202号室)に住んでいる女を迎えに
来るか、部屋に入るはずです。
19:00ごろ来ると思います。
無理にとは言いませんが、自分の目で確かめてください。
念のためにお伝えすると、私はすでに別れていて、今は
関係ありません。
9月17日
どんな修羅場になるんだろう。
山本医院とギャルのアパートをどちらも見渡せる夕暮れの
公園でブランコをこぐ。
砂場はなくて、滑り台と2つのブランコだけ。名前もない
みたい。医院やアパートとの距離は30メートルあるかどう
かだ。まだ若い3本の桜の木と枯れたヒマワリが、あたしを
かくまってくれる。
[2回]
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