《 亜美4 》
ホントくだらないんだけど、むっちゃんの店の件で
話は終わんない。いや、むしろ始まった。
田舎のくせに、探偵の正規料金って高すぎだね。
中学から高校まで一緒だった友達の彼氏が探偵まがいの
バイトやってて、事務所に内緒で発信機と暗視双眼鏡を
貸してくれた。
発信機は車に取り付けるタイプ。これなら自力で調べ
られる。
ただ、
「浮気してるよね?」
ストレートにぶつけたのは失敗だった。態度ひとつ
変えず、始めないと。ただの痴話げんかってふうに持って
って相手の警戒を解くまで、無駄に時間かかっちゃった。
そう言っても1週間くらいのもんだったけど。
簡単に忘れるんだから、かなりバカ。
警戒が解けた時点から、始まった。
あたしの2013年8月は1度きりだったけど、復讐の
夏になるってさ、人生意外。
まず。
隙を見てあいつのbBの車内に発信機を付けた。

住んでるとこの近所の駐車場、よく立ち寄るコンビニ、
麻雀仲間の家、全てをケータイ画面で確認できた。
ヘアサロンで倒れた広川がまず1人目、仮に女1。
ひとつ、マジで笑っちゃったことがあって。
取り付けて2日目に動きがあった。素人のあたしに
簡単に尻尾掴まれちゃうっていう。しかも節操なさすぎ。
蒸して、息苦しいほど暑い木曜の夜だった。
車が動き始めたのが午後7時前。スーパーの駐車場で
止まって、1分もしないうちに発進した。ここで女を
乗せたと踏んで間違いない。相手は女1?
国道沿いに新井方面に進んでいって、途中でコンビニ
寄って、バイパスをくぐって、すぐ停車した。
止まった場所がラブホ。ボロい建物の入口に
2.5メートルくらいの観音像がある。ずいぶん前、
通りがけに観音様を初めて見た瞬間はギョッとした。
料金安いとは聞いてるけど、よく行くよね。

ホテルまで尾行の必要はなくて、あたしは会社の
駐車場や家でヤツらの動きを確認してた。ひと晩
がかりになるかもしれないから、とりあえず食べるもの
食べて、お風呂から上がって、出かけた。
ホテル付近に到着してすぐ、出入口がひとつなのを
確認して、見つからないように少し離れた空き地に
駐車して、そのまま待機した。ほぼ真正面、でもあっち
からは伸びきった雑草に隠れて見えにくい。ナイス。
エアコンをかけっ放しにしたいけど、そうもいかない。
窓を少し開けてエンジンを切ると、クラクラするような
蒸し暑さが充満した。シャツを脱いで、タンクトップと
ショーパンになって、虫よけスプレーを入念に吹き付けた。
常にホテルの出口を見張る必要もないから、光が漏れ
ないようにケータイでYouTube見たり、Twitterやったり
した。凍らせておいた麦茶のペットボトルで首筋や足や
額を冷やした。真夏なのに、時々、寂しげな虫の声が
響いていた。
自分のことを怖い女とかかわいそうとか思わない。
だまされ続けるバカ女よりずっといい。どんな悲惨な
ことになってても、現実は知りたい。
ヤツらがホテルに入って2時間と54分後、黒のbBが
動き出した。あたしは、練習通りに素早く暗視双眼鏡を
装着し、瞬きひとつせず出口を見つめ、神経を集中させた。
フロントガラス越し、女の顔がはっきりと確認できた。

なに、あのおばさん。
明らかに40は過ぎてる。シフォン系のひらひらした
カットソーみたいなの着てて、キモかった。まったく
似合ってないから。
女2、またの名を「ひらひらおばさん」ってつけといた。
ひらひらおばさんは、運転するあいつの横顔に手を
伸ばして、頬をなでてた。そうされてるヤツの表情だけ
じゃなくて、おばさんの顔が、すごく平和だった。
見たのは、その一瞬だけ。心の中から言葉にならない
ものがボコボコ浮き上がってくることってあるんだね。

翌日、出勤途中も働いてる時もお昼も1日じゅうずっと、
自分の中のどうにもできないものにめちゃくちゃに
振り回されて、疲れきった。嫉妬とか憎悪とか言えない、
そんな簡単じゃないよ。
こんなに苦しいのはなんで? あたしが悪いの?
かなりキモい。
絶対に許さない。
[3回]
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