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東本町雁木ヴィンテージ

07/05

Sat

2025

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08/05

Mon

2013


《 主5、後藤文子1、林田元樹2 》


 
 開放された雁木通り沿いの玄関から流れ込んだ風が、
「食堂」と渡り廊下を通り、中庭へ抜けていった。
異なる種の蝉の声が幾重にも鳴り響き、ほんの数分だが、
たまに沈黙する。豪雨や激しいにわか雨をもたらした低
気圧は、日本海側からようやく去っていったようだ。
 私の眼下で、対角線上に置かれた2台の白い扇風機が
首を振っている。
 休日の遅い朝、住人たちが入れ代わり立ち代わり
「食堂」にやって来る。共有スペースでは、熱帯夜など
の限られた時のみ冷房を効かせる。
 林田元樹はアイスコーヒーをブラックで飲んでいる。
 「普段は人当りいいの。たまーによくわかんなくなる
んですよね。」
 春に入居し、住人の中になじんできた後藤文子は
いつもホットコーヒーを飲むが、久しぶりの真夏日に
見舞われたきょうはガムシロップをアイスに入れてい
る。
 「前にもあったの?」
  話題は、ひと月前、模様替えを単独強行した吉に
ついてだ。林田は、壁のジャクリーンにぼんやりと
視線を泳がせつつ、
 「トラブルとかは全然ない。そういうんじゃないから。
いい人なんだけど、たまにシャッターを急に閉めることが
あって。年に1回あるかないかなんだけど。」





 「ふうん。壁作っちゃうんだ。」
 「え?てなるんだよね。おれやっちゃったか?とか一瞬
思うけど、別にそういうんじゃなくて、しばらく経つと
普通に戻る。でもまあ。」
 林田は小さく頷くと、
 「部屋がこうなって、マミちゃんが一番喜んでたね。」
 「ね。久しぶりにはしゃいでるマミ見た。」



 「ぼそっと言ったんだよ。あー生きてていいことあったな、
って。そこのステレオのとこ行って、レコード持って足で
リズム取りながら。…え。」
 文子は両手で顔を覆った。
 「…姉さん大丈夫?」
 息をひとつ大きく吐くと、文子は気を取りなおしたように
鼻や目を指先で拭いながら、
 「ここに来てから、あの子がなに考えてるのかわかんなく
なってたから。いや、離婚以来か。もう、全然わかんなくて
さ。」
 「マミちゃんが喜んでるから、サルも調子に乗っててイラ
ッとしたけど。」



 「やっぱりだめ?」
 「慣れないですねぇ。あいつ通った後、全部拭きたいもん。」
 「そこはさ、前から迷惑かけてごめんねって何度もね。」
 「ほんとそう思ってます?」
 「すごい引け目を感じてるんだから。悪いと思ってます。」
 林田は改めて室内を見渡すと、
 「おれよくわかんないんだけど、こういう部屋って面白いっちゃ
面白いですよね。イキってるかというと格好つけすぎてなくて、
適度に抜けてて。」
 「…やんなっちゃったんだ。」
 ハルニレ荘の常連である鍼灸師の安治郎がふと呟いた。
先ほどからずっと、無言のまま庭を眺めたり、時々は肩肘をつき
舟を漕いでいた。いつものようにミルクを入れたコーヒーをすする。
 「傍目に見えないだけで、みんな、あるからな。たまに爆発する
こともある。彼の場合は。…あれだな。」





 それきり安治郎は石にでも変えられてしまったかのように動かな
くなった。蝉の声も止んだ。文子は中庭を見る素振りでにやつき顔
を隠し、この常連ならではの間を楽しんでいる。待ちきれず林田が、
 「あれだなってなにが? 先生、そんなにゆっくりで普段の治療
は大丈夫なの?」
 ぶしつけな問いに動じる気配をまったく見せず、安治郎は時間を
たっぷり取って、やがて、
 「創造的だったね。」
と言った。
 「暑くてもコーヒーはホットなんですね。」
そう文子が尋ねると、
 「常温です。雪中梅も常温です。暑いからってちべたいもん
ばっか飲んでいると脾が弱ります。」
 熟練の鍼灸師が答え終わらぬうちに、騒々しいメロディが鳴
り出した。iphoneの画面を見ながら、林田が、
 「おれちょっと出てきます。」
 くつろいで弛緩した様子を一変させ、騒々しく腰を上げると勝手
へ向かい、マイグラスを丁寧に洗った。文子は皮肉笑いを浮かべな
がら、
 「その恰好はデートじゃないね、プンプンもつけないもん。」
 「ん? プンプンというのはなんだ?」
 「いつも女ばっかりじゃないですって。」
 軽く手を振り、林田は出ていった。
 最後のひと口を飲み干すと、安治郎が、
 「ああ。香水かなんかか。」
 と呟いた。文子が吹き出した。



  
 
 受信(亜美)
  今から行く
  最後に話すだけ
  あとはもうホントないから




 
 



 
 
 
《 亜美 1 》
 



 残念だけど、あたしはモテる。
 いろんな人にモテる。
 半年前まで高校生だった大学生(19)
 製薬会社の営業の人(たぶん30)
 焼き鳥屋さん(32)
 中学の先生(26)
 会社やってる人(40半ば)
 よくわかんないおじさん(50くらい?)
 頭いい人(30くらい?)
 新聞記者(20代後半)
 無職の人×3
 広告とかのフリーデザイナー(たぶん30)
 お巡りさん(ギリ20代)
 少し前だけど日本画家(33)もいた。
 半分とは会話もほとんど合わないし、生理的にムリだった。
つきあったのは4人。



 モテるってちょっとおちょくられてて、簡単て思われてる。
 こっちが話を合わせて微笑して聞いてると(男は女子の微笑
が好き)、きみのためにどーのこーのって寄ってくんの。
 それ。
 きみのためにって部分、嘘だから。嘘つくつもりなくても罪だし。
 結局、どの人もみんな同じで、自分の話ばっかなんだ。
「俺の夢は」「俺が考えてるのは」「俺がやりたいのは」
「僕ねえ」「僕ねえ」「僕ねえ」「僕ねえ」「僕ねえ」
「僕ねえ」「僕ねえ」「僕ねえ」「僕ねえ」(たぶん永遠に続く)。





 自分のことばっか。自分大好き、自分だけ大事。あたしのこと
なにも見てない。女を踏み台にして新しい女を探しに行く露骨な
ヤツもいる。たまに、こっちにガンガン依存してきて、「僕ねえ」
も言わなくて、ホントなんにも考えてない人もいた。ああいうの
は人間としてだめ。
 「君が先に誘ってきたんだ。」
 とかって信じられないすり替えやったヤツもいたし。
 彼らって、基本、マザコンなんだね。
 
 

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誕生日:
1953/03/21

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